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僕は、四年前にもう無い命を天理教の神様に救けていただきました。その御礼とご恩報じのひのきしんとして毎日、天理教の御教えや体験談などのブログを書かせていただいています。(このブログは、『○天理教よふぼくの集い●』のコピー日記です。)
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『さあ/\身上一条事情尋ねる。尋ねるからよう聞き分け。長らえて先ず/\運ぶ。これだけ尽すのに、どういうものであろうと、何がよいどれがよいと、これは言えん。身はかしもの心一つが我がもの。救けたいが親の心可愛が親の一条、幾名何名あろとも可愛が親の心。常々が第一々々。ならん/\、身上ならんでない。そんならどうしたらよいと思うやろ。可愛や一条の理を聞き分け。成程という理を聞き分け。成程というは、天の理である。天の理である。この理をよう聞き分けて、めんめんも成程の理をよう治めてくれるよう。』(M21.10)


「一生懸命に運んでいるつもりなのに、身上がなかなか治らないのは、何故だろうと思うだろうが、なんとかして救けたい、子供かわいい一条が親の心である。身はかしもの心一つが我のものと悟り、しっかりと天の理を聞きわけ、前生いんねんを自覚することが大事なことである。そして、誠の心をもって、成程の理を心に治め、しっかりたんのうするように。」

ひろ
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