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僕は、四年前にもう無い命を天理教の神様に救けていただきました。その御礼とご恩報じのひのきしんとして毎日、天理教の御教えや体験談などのブログを書かせていただいています。(このブログは、『○天理教よふぼくの集い●』のコピー日記です。)
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人は望みが叶った時、欲しいものが手に入った時、有り難いと思うものである。
しかし、有り難いとは、有ることが難しいと書く。もしかすると、有り難いとは、望みが叶ったり、欲しいものが手に入ったから感じるものではなく、有ることが難しいということに気付けた時に、感じるものではないだろうか。
今、与わっているものを、当たり前に思っているが、与わらない人からすれば、羨(うらや)ましい限りである。もし、今、与わっているものが、無かったらと考えると、与わっているものを、有り難く思えるはずである。
有ることに慣れてしまった私たち、今一度身の回りの与わっているものに対して、有り難いことなのだと、気付ける努力をしてみてはどうだろう。(「ほっ」ますだまさよし著 善本社刊より)
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