僕は、四年前にもう無い命を天理教の神様に救けていただきました。その御礼とご恩報じのひのきしんとして毎日、天理教の御教えや体験談などのブログを書かせていただいています。(このブログは、『○天理教よふぼくの集い●』のコピー日記です。)
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『さあ/\/\何かの処、だん/\の処、道を以て道を諭す。まあ一寸一つの理、前前より大層は要らん。年々の理が安心である。古き道何度茨道を連れて通ったで分からん。長らくの年限のなりで、治め掛けたる処である。日々の処治めてるなれば、年限は年限だけの悟り諭して置こう。
広く場所が要る。どうでも一つの所を、治めにゃならん。どうせこうせえは言わん。一つの心に成ってすれば、どういう事もどういう所も、難しいというは無い。皆一つ世界。十分の理を諭して置こう。広くというは、世界の理というは心。』(M22.06.10) PR |
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