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僕は、四年前にもう無い命を天理教の神様に救けていただきました。その御礼とご恩報じのひのきしんとして毎日、天理教の御教えや体験談などのブログを書かせていただいています。(このブログは、『○天理教よふぼくの集い●』のコピー日記です。)
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『土を固める。水という理が無くば固まらん。火というもの無ければ固まらん。………苦しい/\。大抵の事じゃない。心勇んで気が勇む。余儀無き一つの心、よう定めてくれるよう。』(M24.11.01 おさしづ〔神様のお言葉〕)
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『どんな事ありてもこんな事ありても、道という理は末代の理なれば楽しみが無くてはならん。道一代と思うや頼り無い。これから道一つ理頼り定めて居れば、難儀しょにも出来やせん、不自由しょうにも出来やせん。』(M34.06.25 おさしづ〔神様のお言葉〕)
『上り切りたら下らんならん。よう聞き分け。雨降る中もだん/\凌ぎ、百石(こく)蒔いて一粒万倍という楽しみ。』(M29.10.10 おさしづ〔神様のお言葉〕)
『さあ/\身上に不足あれば、これ分かるやろう。さあ/\神さん/\と思うやろう。神は何にも身を痛めはせんで。さあ/\めん/\心から痛むのやで。………めん/\の親が言う事に、悪い事言う親はあろうまい。』(M21.09.18 おさしづ〔神様のお言葉〕)
『所々国々遠く所までも“たすけ”一条で救ける救かる、というは皆説いたる。早く/\それ/\゛皆んな早く/\の心に成って、何でも彼(か)でも治めにゃならん、治まらにゃならん。所々にては、それ/\゛心の理を以て、早く救け下されという願(ねがい)をして、治め。』(M27.07.30 おさしづ〔神様のお言葉〕)
『種というは、些(いささ)かのものから大きいものに成る。年々に作りあげたら、どれだけのものに成るやら知れん。』(M37.12.14 おさしづ〔神様のお言葉〕)
『通った中に道ある。真の心以って出来て来る。皆大抵やない。山坂をも道を付けたら楽々の道も運ばれるやろう。』(M26.12.16 おさしづ〔神様のお言葉〕)
『一時の“にをい”というは、消え易きもの。深き事情、心の理というは、いつ/\までの“にをい”という。』(M25.07.04 おさしづ〔神様のお言葉〕)
『“にをいがけ”という。古き諭(さとし)にある。一人の精神の事情あれば、一国ともいう。』(M25.05.28 おさしづ〔神様のお言葉〕)
『さあ/\神一条の道は、表と裏とある。裏の道は誠の道、一つさあ/\日々に運ぶ処は、誠というは通り難いものである。蔭の道は難しい道、表の道は通りよい。世界の道は通り、通り難くい神の道は内、表と裏との道である。内に運ぶ人が少のうてならん。』(M21.05.21 おさしづ〔神様のお言葉〕)


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