忍者ブログ
僕は、四年前にもう無い命を天理教の神様に救けていただきました。その御礼とご恩報じのひのきしんとして毎日、天理教の御教えや体験談などのブログを書かせていただいています。(このブログは、『○天理教よふぼくの集い●』のコピー日記です。)
[159] [160] [161] [162] [163] [164] [165] [166] [167] [168] [169]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

『これだけ運ぶ、これだけ尽すのにどうであろう、という理を持たず、“いんねん”一つの理を心に治め。』(M24.04.15 おさしづ〔神様のお言葉〕)
PR
『“いんねん”という、“いんねん”一つの理は、“たんのう”より他に受け取る理は無い。よう聞き分け。しっかり一つ“たんのう”の理を治めてくれ/\。』(M29.10.04 おさしづ〔神様のお言葉〕)
『あちらこちら人が出る。籠(こも)らん道もある。道に流るる水を、途中で理を揚(あ)げて了(しま)えば、育つ事出けん。いかなる者でも、この話を聞いたら改良せねばならんで。』(M29.03.31 おさしづ〔神様のお言葉〕)
『急いてはいかん、急いてはならん。皆天然という心どんと定め。』(M33.05.27 おさしづ〔神様のお言葉〕)
『さあ/\どうなるも、こんな事と思う事はどんならん。人間というものは、心に思てどんならん。………どんな事もこんな事も、内々睦まじいのは一つの台やで。』(M21.03.04 おさしづ〔神様のお言葉〕)
『濁(にご)りはどうもならん。仕切りて道の理治めて、どうでもという精神薄いから、人の心に流れ、人の心に流れて、この道立って行くか行かんか、よく聞き分け。』(M34.05.25 おさしづ〔神様のお言葉〕)
『さあ/\常々に真の心に誠という心あれば、天然という理がある。世界という、自由自在(じゆうようじざい)は、何処にあると思うな。めん/\の心、常々に誠あるのが、自由自在という。』(M21.12.07 おさしづ〔神様のお言葉〕)
『外の錦よりも心の錦、心の錦は神の望み。飾りは一つもいらん。………さあ頼もしい/\心供えば受け取る/\。泣く/\するようでは神が受け取れん。百万の物持って来るよりも、一厘(りん)の心受け取る。』(M35.07.20 おさしづ〔神様のお言葉〕)
『神一条ならば、計り難く一つの道、これが十分確かな道。………いかなる処、人間一条理では、計り難ない、危ぶいものである。早く取り替え/\、神一条々々々。』(M21.06.05 おさしづ〔神様のお言葉〕)
『もう後々定め掛けてくれにゃならん。長い心ではならん。長い心で油断はつい遅れ易いものである。心に夜(よ)の目も合わんというは、一日の日も長い。これより治まりたら心治まるやろ。』(M35.08.04 おさしづ〔神様のお言葉〕)


忍者ブログ [PR]
最新コメント
プロフィール
HN:
ひろ
性別:
非公開
フリーエリア